2024/07/01 16:42
書道をする時に香を焚く
静かな夜、月明かりが庭を照らし、風に揺れる竹の葉が心地よい音を立てていた。古い日本家屋の一室で、若き書道家の玲奈は墨を擦る準備をしていた。彼女の師である高名な書道家、村上先生が教えてくれた古い習慣、「書道をする時に香を焚く」という儀式を今日も守ろうとしていた。
玲奈は木製の箱から香木を取り出し、小さな炭を火にかけた。香木が炭に触れると、部屋中にほのかな香りが広がり、心が落ち着いていくのを感じた。香の煙はゆっくりと天井へ向かい、玲奈の集中力を高めていった。
机の前に座り、玲奈は白い和紙を広げた。筆を手に取り、墨をつける。心を静め、香の香りと共に呼吸を整えた。彼女が書こうとしているのは、師から教わった「心」という一文字だった。この文字は彼女にとって特別な意味を持っていた。
村上先生は、玲奈が初めて書道の世界に入ったとき、最初に教えてくれたのがこの「心」という文字だった。「心を込めて書くことが大切だ」と何度も言われた。玲奈はその言葉を胸に刻み、書道に打ち込んできた。
筆を紙に当て、玲奈は一息で「心」を書き上げた。滑らかな筆の動きと共に、彼女の心も紙に溶け込んでいくようだった。書き終えた瞬間、香の煙が一層濃くなり、まるで玲奈の努力を称えるかのように部屋を満たした。
玲奈は書き上げた「心」を見つめ、その美しさに満足感を覚えた。香の香りに包まれながら、彼女は再び筆を取った。次に書く文字は、彼女の未来への願いを込めた「夢」だった。香の煙が彼女の周りを踊るように漂い、玲奈の心にさらなるインスピレーションを与えていた。
夜が更け、玲奈は次々と文字を書き続けた。香の香りは一度も途切れることなく、彼女の心と筆を繋ぎ続けた。書道を通じて彼女は自分自身と向き合い、心の奥底にある思いを一つずつ形にしていった。
朝日が昇る頃、玲奈は最後の一筆を書き終えた。疲れ切った体を伸ばしながら、彼女は微笑んだ。香の儀式がもたらす静寂と集中、そして心を込めた一文字一文字が、彼女をさらに高みへと導いてくれたのだ。
玲奈は師の教えを思い出しながら、感謝の気持ちでいっぱいになった。「書道をする時に香を焚く」という古い習慣は、これからも彼女の書道の道を照らし続けるだろう。静かな夜の香の香りと共に、玲奈は新たな一日への決意を胸に刻んだ。